まどろみ3秒前

小さい頃に、自分も風邪をひいてその病院へ母親に連れて来られたことはある。朝のような茶色い瞳を持った、優しい人だった。


「医者だけど、言ってない。まあ、言うとしても他の病院に行こうと思ってるけど」


朝は身軽にひょいと起き上がった。


「夕、あのさ」


月の光に照らされた朝の目。その目は、空虚で、今まで見たことのない目をしていた。


「えっ……」


俺は、朝の片手に持っているものを見て、声が出せなくなった。いや、息をするのを忘れていたのかもしれない。

どこか身の危険を感じた俺は、布団から起き上がって少し距離を取る。


「俺、もう限界なんだけど」

「なに、は?」

「たったの5日なのに、寝てないだけなのに、こんなに、苦しいなんて思ってなかった」


朝の手には、どこから取り出したのか、刃物のようなものが握られている。包丁、だろうか。いや、カッター…?暗くてよく見えない。


「もう、疲れた。この不眠症のせいか色々考えちゃってさ…?本当の自分がわかんなくなって、ずっと終わりのない1日をループしてる感覚…、いつの間にか朝が来て1日を生きてるのも、バカみたいになった…あああ…」

「一旦、落ち着け、一旦」


勢いが収まることはない。


「もう、夕といるこの俺もほんとの自分じゃない気がしてる。嘘みたいな気がしてる。夕のこと、嫌いになりそうなんだよ……」


刃先を俺に向ける。尖った刃先がキラリと光る。朝は、俺の首に刃先を近付ける。
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