まどろみ3秒前

「私、病院に入院することになるんだよね」


心配してほしくなくて、軽い口調で言った。


「え、なんで」

「…長く、眠るから。スリープ状態」


それ以上、私は何も言わなかった。無意識のうちに、私の声の語尾は震えていた。


「その、朝くんのお父さんから色々私のこと聞いたらいいし。別に聞かなくてもいいけど。…まあ、病院、来てくれてもいいから」


淡い果実の匂いがする。この部屋にも、もう来ることはできないのだろうか。

朝くんに、勉強を教えてもらうはずだった時間も、私は眠ることになる。

高校3年の、就職やら受験ですやらでも、私は、ただ、世界でひとり、眠っている。どれだけ時が経って、変わらないものはあるけれど、変わるものも嫌なほど目に移るだろう。


心は、どんどん不安と悲しさで埋まってく。わからないから、怖い。会えるのに、会えないこの病気が、怖くて仕方がない。


死にたい、そんな感情ばかりになる。


「どれくらい?どれくらい眠る?」

「…3年くらい、いやもっと?死ぬかも」

「は?」


そんな驚いた顔しないでよ、なんて言えなかった。だがそれが伝わったのか、朝くんは下を向いて、切り替えたように顔を上げた。


「翠さん、それ、大丈夫じゃないでしょ」

「うん、大丈夫じゃない、ね」


はは…と口角を無理矢理上げて笑うと、朝くんは「どういう気持ち?」と優しさと、どこか刺のような言葉で聞いてくる。
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