私と彼の溺愛練習帳
 ただ、彼は違う世界にいるのだと思わせられて寂しかった。
「こういう舞台を見るのが初めてで、疲れただけ」
「本当に?」
 閃理は雪音の顔をのぞきこむ。どきっとして、雪音は目をそらした。

「本当よ」
「……ありがとう、雪音さん」
 閃理はまたぎゅっとしてから離れた。
「ごはん、食べに行こう。雪音さんはなにがいい?」
「なんでもいいよ」
 雪音は閃理に手をつながれ、ロビーをあとにした。



「あ! 閃理さん!」
 食事を終えて二人で歩いていると、声がかかった。
 声の方を見ると、さきほどのダンサーの女性たちがいた。一人がタタッと走って来る。

「これから打ち上げなの! 閃理さんもぜひ一緒に!」
 彼女の声は浮かれていた。雪音など眼中にないようだった。

 かわいい子だな、とぼんやりと彼女を見た。
 肩まである髪は明るい茶色だった。大学生だろうか。若くて生き生きとしていて、未来が明るいと信じて疑っていない、そんな眩しさが彼女にはあった。

「僕は彼女と一緒だから」
 雪音の肩を抱き寄せ、閃理は言う。
 そこでようやく彼女は雪音に気が付いたようだった。

「あ、ごめんなさい。お姉さん?」
「違うよ。恋人」
「ええ!?」
 彼女は大袈裟に驚いて雪音を見た。
 耐えられなくて、雪音は目をそらした。

「……じゃあ、彼女さんも一緒に」
「行かない。僕たち疲れてるから」
「そうですか」
 あからさまに彼女はがっかりしていた。

「また今度、練習を見に来てくださいね」
「忙しいから無理」
 閃理は冷たく答える。

「そんな……」
「僕たち帰るところだから。じゃあね」
 閃理は雪音を促し、歩き出した。
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