私と彼の溺愛練習帳
 最初は言われるがまま渡していたが、おかしいと気付いてからは抵抗した。
 そのせいで前職を追われることになってしまったが、叔母たちの言いなりにはならないと決めていた。

 ここは私の家だ。あなたたちの家じゃない。
 意地でも出て行ってたまるものか。

「私もお金ないんです。いろいろと入用で」
「無駄遣いばっかりして」
 久美子は舌打ちした。話を切り上げるために、雪音は別の話題を出すことにした。

「おばさん、昨日の夜、台所にいました?」
「いないわよ」
「白い影が台所で鼻歌を歌いながらなにかやってたんですよ」
「不吉なこと言わないで!」
 怒って、久美子はリビングに戻って行った。

 ばかみたい。こんなことで怖がって。
 雪音は軽蔑のまなざしを向けた。
 久美子は怖がりだ。ときおり雪音はこうして幽霊がいたかのように話をして軽く復讐をしている。実際にはなにも見ていない。

「これ、洗いなさいよ」
 再度言われたが、雪音は無視して自室に入った。
 叔母たちの荷物にあふれた、倉庫のような自室に。



 翌日は髪を切りに行った。
 さっぱりした自分に違和感があった。
 翌々日は、同僚に聞かれたら気分転換だと答えよう、と覚悟して出勤した。

「かわいい!」
 女性同僚は素直にほめてくれて、ほっとした。
「お、髪切ったんだ、失恋か?」
 口の悪い武村が言ってくる。

「ただの気分転換です」
「女は失恋すると髪を切るものだろう」
 にやにやと笑う。
 いつの時代に生きてるんだ、と思いながら雪音は愛想笑いを浮かべる。派遣だから、店長である彼の印象を悪くしたくなかった。

 平日だから客足は少ない。
 平和に終われそうだ、と思った夕方、惣太が来た。
 彼は営業だ、仕事ならば来なくてはならない。
 それはいい。
 問題なのは、その後ろに愛鈴咲がいたことだ。

 どうして。
 雪音の顔はひきつった。
 気付いた愛鈴咲が、勝ち残ったように嘲笑を浮かべる。
 惣太はひきつった雪音を見て不思議そうな顔をした。振り返り、驚いた様子を見せた。
「愛鈴咲ちゃん、どうしてここに」
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