私と彼の溺愛練習帳
「お疲れ様」
 雪音は水のペットボトルを差し出す。
「ありがとう」
 受け取って、彼は一口飲んだ。

「うまくいきそう?」
「なんとか。車が速くて大変だよ」
「CGで合成しないのね」
「生で撮影しないと伝わらない迫力ってあると思うよ」
 閃理はそう言ってペットボトルを雪音に返した。

「風泉くん、お疲れ。あともうちょっと、日が沈むまでがんばって」
 CM撮影の監督が声をかけてくる。年配の男性だった。
「風泉くんも出てくれたらいいんだけどなあ」
「冗談。勘弁してくださいよ」

「彼女ちゃんはどう思う?」
「えっ」
 雪音はどきどきした。初見の人に彼女だと言われたのは初めてだ。いや、最初に彼が恋人だと紹介したからだろうか。

「びっくりしてるじゃん。やめてよ」
 閃理が言うと、監督はハハッと笑った。

 夕日の中、本番となった。
 レーサーが車を走らせる。ドローンが追い掛け、車の最前を横切る。雪音は声をあげそうになり、口を押えた。テスト走行でも見たが、何回見てもぶつかるんじゃないかと、はらはらした。

 三台が同時にドリフトした。路面との摩擦熱で煙が上がる。ドローンはそれを追って旋回する。

 三台が向き合いダンスするようにドリフトする。それを上空から撮影し、次には車の中心に舞い降りる。

 続いて、車は直列になって走る。最後尾がスラロームを抜けるようにして走りぬけて先頭に着く。また最後尾が同じようにしてすり抜けて先頭につく。

 三台が同時に片輪走行を始めた。その腹のスレスレをドローンが飛行する。

 車たちはアクロバティックに走行し、閃理は無言でドローンで追い続けた。
 夕日に浴びて車がゴールする。ゴールラインにはレースクイーンがゴールの札を掲げて立っていた。

 何度も本番を繰り返し、残照を背にようやく撮影は完了した。
「よし、OK!」
 監督が叫ぶと、わっと歓声が上がった。
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