私と彼の溺愛練習帳
「なんとか今日だけで終われた」
 ゴーグルをはずして、閃理はつぶやく。
「まる一日使って大変ね」
「逆だよ。一日で終わるなんて運が良かったよ。ワンシーンのために何日も使うこともあるから。特に天気は人間にはどうしようもないからね」

「そうなんだ。大変そう」
 お疲れ! とレーサーが声をかけてくる。立ち上がった閃理はやわらかく微笑し、彼らと肩を叩きあった。

 片付けている最中に、ぽつぽつと雨が降り始めた。
 スタッフ総出で慌てて片付ける。
 雪音もできる範囲で手伝った。
 なんとか本降りになる前に撤収できて、建物の中に入る。
 一足違いで、雨が音を立てて降り始めた。

「帰ったらまた編集ね」
「今回はCM会社の人がやってくれるから楽だよ」
 一人の男性が閃理に近寄って来た。レースクイーンのマネージャーだ、と雪音は気付いた。

「私、こういう者でして」
 名刺を差し出して、彼は言う。
「芸能界に興味はございませんか」
「ありません」
 名刺を見もせず、閃理は言う。

「あなたならすぐに人気が出ますよ」
「失礼します」
 閃理は雪音を連れてその場を離れた。

「ああいうの昔から大嫌い。外見だけで判断してさ」
 閃理は美しい眉をひそめた。
 不安に見上げる雪音に気が付き、ふんわりと笑った。
「ごめん。おいしいもの食べて帰ろう」
 閃理は雪音と手をつないだ。
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