私と彼の溺愛練習帳
「今日来るって聞いてたから、会いたくて」
 にやにやと笑い、愛鈴咲は彼に抱き着いた。
 それを見た同僚が息を呑んだ。

「お、やっぱり失恋じゃねえか」
 見かけた店長が笑う。
 付き合いは隠していなかったから、みんな知っている。
 失恋もいずれバレただろう。
 だが、よりによってこのタイミングで。

「仕事中だから」
 惣太は愛鈴咲を引きはがした。
 雪音は逃げるようにその場を去った。



 仕事を終えた雪音は、スタッフルームでため息をついた。
「大丈夫?」
 心配した同僚に声をかけられる。
「大丈夫」
 雪音は無理して笑った。

 昨日ほどの衝撃はない、大丈夫だ。
 だけど、傷付かないわけではない。

 ビルを出ると、夜風が寒かった。
 帰るには、またイルミネーションのある通りに行かなくてはならない。
 一昨日、泣きながら歩いて、ドローンにぶつかられたあの道を。

 思い出すと、むかむかと腹が立ってきた。
 あの件がなければ、髪を切って店長にからかわれることもなかっただろうに。

 ポケットに手を入れると、四角いものに触った。
 あのときの名刺だ、と取り出して眺める。
 しばらく見つめたのち、雪音はスマホを取り出した。
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