私と彼の溺愛練習帳
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閃理が撮影しようとしているところへ、電話が鳴った。
知らない番号だった。
電話に出た閃理は、慌てて相棒に声をかけた。
「ちょっと行ってくる」
「待てよ、撮影!」
「任せる」
「おい!」
「昨日の事故の相手だから!」
言い置いて、閃理は走り去った。
「お前の名前で受けた仕事だろうが」
征武はため息をついた。
駅前に着くと、彼女はしょんぼりと道路を向いて柱の壁にもたれて立っていた。明るい駅に背を向けるように、柱の陰にひそむようにして。
「お待たせ」
息をはずませ、閃理は彼女に言った。
彼女はにらむように閃理を見た。
雰囲気が違う、と少なからず驚いた。
髪を切ったせいだけではない。
先日見た彼女は儚げで今にも壊れそうだった。
はりつめた感じは今も変わらないが、視線は鋭く自分を捉えている。
「お詫び、してもらえますよね」
「もちろん」
閃理はうなずく。
「だったら、私を抱いてください」
「は?」
閃理は耳を疑った。
「私、捨てられたの。だから抱いて」
無茶苦茶だ、と閃理はあきれる。話の前後が繋がっていない。
「私のトラウマ、解消して!」
彼女の声は必死だった。
危ない、と閃理は思う。自分にこんなことを言うくらいだ、このままでは、ゆきずりの男にでもそんなことを言いかねない。いや、そもそも自分がゆきずりの男のようなものだ。
気が付くと彼女は涙をこぼしていた。
閃理はそっと彼女を抱きしめる。泣き顔を人に見られないように。壊れそうな彼女が壊れないように。
「なにがあったの?」
彼女はぎゅっと唇を結んでうつむいた。
「……言いたくないならいいよ」
閃理は彼女の髪を撫で、額に優しく口づけた。
「僕が溺愛してあげる」