私と彼の溺愛練習帳
 惣太はちょくちょく連絡をくれた。
 そっちは寒くない?
 仕事には慣れた?
 困ったことはない?
 こういう人だった。じんわりと胸に光が灯る。マッチの火のように小さな、温もりを伴った()

 そっちと同じくらいには寒いかな。
 仕事はちょっとずつ、がんばってる。
 今は困ったことはないよ。
 返事をするたび、失ったなにかを取り戻すような気がした。

 だが、それは完全に戻らないこともわかっていた。
 水崎から連絡が来たのは、そんな頃だった。

***

 閃理はいらいらと、猛スピードで仕事をこなした。
 すぐにでも雪音を探しに行きたいのに仕事は山積みだ。二日ほど家を空けたから、さらに時間が圧迫されている。
 すべてを放り出して探しに行きたかった。
 だが、それでは様々な人に迷惑がかかる。雪音が知ったらきっと悲しむ。
 だから閃理は急いで仕事を片付けていた。

 写真のフォルダを開けようとして手が滑った。
 しまった。
 思ったときには遅かった。
 予定にない写真が、画面いっぱいに広がった。

 見たくなかった。
 だけど捨てることもできなくて、フォルダに入れてずっと見ないようにしてきた。
 父が撮影した風景写真だ。
 ペルーのヴィニクンカ山。その山肌の縞模様は誇張なく虹色だ。標高五千メートルにあり、青空とのコントラストがまた見事だった。



 幼い頃、閃理はフランスにいた。
「お父さんの写真が大好きなの」
 母はそう言ってマンションのあちこちに写真を飾った。
 壁いっぱいに飾り過ぎて、なにがなんだかわからなくなるときもあった。
「飾り過ぎだよ」
「足りないくらいだわ。お父さんからの私への愛なんだから!」
 母は閃理を抱きしめてふんわりと笑う。が、どこか寂し気でもあった。
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