私と彼の溺愛練習帳
 ジュスティンヌは泣いて嫌がった。
「日本なんかに行かないで! あんな辺鄙なところ!」
 閃理はむっとした。
「父の故郷を悪く言わないで」

「日本人は野蛮だって聞いたわ。肌の色も気味が悪い。中国人との区別もつかない。東洋人なんて大嫌い! ユベールはフランス人なんだからフランスにいて!」
「僕は閃理。日本人だ」
 生まれてからずっとフランスにいた。だが、自分は日本人なのだと母から聞いていた。

 ケンカして別れて、日本へ来た。
 夏休みにフランスに行ったとき、なんとなく和解した。が、閃理の中にはわだかまりが残っていた。

「ユベールはフランスに戻るべきよ」
 ジュスティンヌは会うたびに言った。
 閃理は反発し、うんざりした。

 日本に来てから父と会う頻度が増え、うれしかった。
 会うたびに写真を見せてくれて、撮り方を教えてくれた。言葉の少ない父だが、そのときだけは口数が増えた。
 大きなレンズをつけたカメラは子供の手には重くて持て余した。父が横から支えてくれて、一緒に撮った。
 父ほどうまくは撮れなくて、悔しかった。
 母は喜んでプリントアウトし、アルバムは順調に増えていった。

 母さんが俺の写真を一番喜んでくれる。だから撮りに行くんだ。
 父はそう言っていた。



 閃理が中学生になったとき、父がドローンを始めた。閃理が興味を持つと、やらせてくれた。当時はまだ資格は必要なかった。
 ドローンで撮影する世界にすぐに魅了された。操縦そのものも面白いが、人の視点では決して撮影できないそれは、自分を解き放ってくれるようだった。
 重力に抵抗するように大きな音を立てて飛び上がり、自由に舞う。

 ハーフだからきれいなのね。モデルになれるね。
 フランス語しゃべってみてよ。
 日本語うまいね。
 貴族の生まれなんだ。すごいね。貴族ってどんな暮らししてるの?
 写真家の息子なのね。あなたも写真を撮るの?

 見た目や生まれであれこれ言われるのはうんざりした。自分自身を見て貰えていないような気がした。
 空撮は、それを超えたなにかを得られる気がした。
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