私と彼の溺愛練習帳
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雪音は事情を話し、工場を休んだ。
母の行方がわかるかもしれないんです。
そういうことなら行っておいで。
快く送り出してもらえて、雪音は感謝した。
平日でなければならなかった。母が営業でまわっていたのと同じように。
水崎に教えられた工場に向かう。
電車で東京の八王子まで行き、バスを乗り継いで工場に行く。
アポをとってあったから、すぐに通された。
応接室で対応した男性は若く、二十年以上も前のことはわからないと言った。
「当時の人に聞いてもらえないでしょうか」
食い下がると、彼は嫌そうな顔をしてから、聞いてみますよ、と応接室を出て言った。
しばらくして、白髪頭の男性を連れて戻って来た。
母を探している、当時、こちらに営業に来ていたらしい。そう伝えると、彼は首をひねった。
「覚えがないなあ。あなたのお母さんなら美人だろうから覚えてると思うんだけどねえ」
「そうですか」
雪音はがっかりとうなだれた。美人という社交辞令を否定する気力もなかった。
「写真ないの?」
「ないんです」
言ってから、はっとして紙を取り出す。
閃理が作ってくれた画像のプリントアウトを、念のために持って来ていた。
紙についたしわを丁寧に伸ばしてから、彼に見せる。
「こんな感じ……だと思うんです」
男性は目を細めて紙を眺めた。
「見たことあるようなないような……」
雪音は緊張して言葉を待った。
「知り合いにも聞いてみるよ」
彼は言い、スマホで写真を撮った。
「お願いします」
雪音は頭を下げた。