私と彼の溺愛練習帳
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雪音はどきどきしながら病院を訪れた。
土曜日だからだろうか、診察の患者とお見舞いで、多くの人が行き交っていた。
ナースステーションで声をかけると、中年の女性ナースが病室に案内してくれた。
その入院患者は身元不明で、二十年ほど入院しているという。
ナースと一緒に病室に入る。
二人部屋に、今は一人だけだった。手前のベッドで、カーテンが閉められていて様子はすぐにはわからなかった。
ナースはカーテンを開け、声をかけた。
「栄子さん、お客様ですよ」
酸素マスクなどはしておらず、雪音の想像と違った。物々しい機械に囲まれていると思っていた。
眠っているようで、ゆっくりと胸が上下している。
頬はこけて、髪は伸びて白髪が混ざっていた。
それでも、一目でわかった。
「お母さん……」
布団から出た肩に、そっと触れる。
「お母さん、雪音よ」
返事はない。
ナースは驚いて彼女を見た。
「本当に、お母様ですか?」
「間違いないです。目元のほくろも同じです」
すっかりやせ細っていて、一見して別人のようだった。
記憶よりも老けていて、閃理の作った画像に似ていた。それで気が付いた。閃理が見せてくれたとき、雪音は歳月を加味していなかった。が、彼はそこまで計算していたのだ。
ふと、彼女のまぶたが震えた。
「お母さん!?」
彼女はゆっくりと瞼を開けた。