私と彼の溺愛練習帳
 カジュアルな服装なのに、どこか品があった。

 自分とは大違いだ。
 洗いざらしてくだびれた服。化粧をしてもぱっとしない顔。痛んだ髪。

 勢いで彼に電話して、さらには「抱いて」と言ってしまった。
 こんな、自分には不釣り合いなきれいな人に。

「髪、ごめんね。でもその髪型も似合ってて素敵だよ」
 わかりやすいお世辞だ、と雪音はため息をついた。

「おいで。僕が溺愛して気持ちよくしてあげるから」
 彼は優しく笑顔を浮かべ、手を差し伸べる。
 笑顔もまた美しかった。

 雪音はおずおずと手をとりかけ、ハッとして引っ込めた。
 彼は若い。自分なんて年上にもほどがあるだろう。

「何歳なの?」
「二十四歳。だけど年齢なんて関係ある?」
「あるわよ」
「雪音さんは?」
「三十一歳」

 自分が小学一年生のとき、ようやく彼が生まれたのだ。そんな年下とどうにかなるなんてありえない。
 それ以前に、と雪音は思う。男性と肌を重ねるなんて、やはりできるようには思えない。

「どうしたの?」
 彼はゆっくりと歩み寄り、雪音をふんわりと抱きしめる。
 雪音は両手で彼を押し返した。顔を上げなくても、彼が戸惑うのがわかった。

「ごめんなさい。私のことは忘れてください」
 雪音は背を向けて走り出した。

「待って」
 言われても止まらず、雪音は走って逃げた。
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