私と彼の溺愛練習帳
久美子の夫、紀之は胡散臭げに眉をひそめた。
久美子は幽霊が出たというのだ。
うんざりだった。
この家に引っ越してしばらくすると、彼女は幽霊が出たと言い始めた。
一年もしたらその話に嫌気が差して引っ越しを提案した。久美子が姪にきつくあたるのも気になっていた。養護施設に預けた方がお互いが幸せになるのではないか。
久美子は提案を拒否し、かたくなに家にこだわった。自分の稼ぎが足りないのかという引け目もあり、紀之は強くは出られなかった。
もともと気弱な性格なのだ。強気の久美子に、自分にないものを感じて惹かれた。
若い頃の気の迷いだ、と今ならわかる。彼女は単に自己主張が強くてわがままなのだ。
姉と比べて差別されてきた、と被害者のように語ることもあった。当時は詳しいことを知らずに同情していた。
実際は違うだろうことは優しい姉を見てわかった。わがままでなまけものである久美子が注意され、それを差別と言い張っていたのだ。
結婚に後悔したが、もうそのときには愛鈴咲がいた。せめて娘はと思ったものの、結局は久美子のコピーのように育ってしまった。
愛鈴咲が結婚するまでは。
そう思って我慢していた。
そうして今日また、久美子が幽霊だと言い出した。
夜勤で疲れている。いい加減にしてほしい。難しいことは言わない。おかえりと、最初にただそう言ってほしい。
「寝ぼけて夢でも見たんだよ」
紀之は言いたいことを言えずに、興奮する妻をなだめた。
「信じてくれないの!?」
ヒステリックに久美子は叫ぶ。
「もうたくさんだ」
ぼそっと、紀之はつぶやいた。
久美子は気付くことなく、幽霊が出た、と言い続けた。
翌日の夜もまた、久美子は人魂を見た。
二つもあった。
姉とその夫だ、と悟った。赤と青の火の玉だったから。窓の外に、こちらを見張るようにゆらゆらと揺れている。ぶーん、と耳障りな音が響いていた。