私と彼の溺愛練習帳



 遊んでから帰った愛鈴咲は、玄関にあるたくさんの段ボールを見て驚いた。畳まれて置かれたそれには引越社の名前が入っている。
「ママー。なにこれー?」
「引っ越すから」
 リビングから現れた久美子はげっそりとやつれた顔で言った。

「なんで!?」
「とりつかれてるのよ。このままだとみんな不幸になるわ」
 愛鈴咲は顔をしかめた。母が怖がりなのは知っていたが、今まではこれほどではなかった。

「ばっかみたい! 幽霊なんていないわよ!」
「母親にそんな口きいて! 誰に似たの!」
 久美子はハッとする。
「これも幽霊のせいかしら。小さなことから不幸が」
 ぶつぶつと呟いてから、愛鈴咲を見る。

「あいつに家を渡さないと大変なことになるのよ。引っ越し業者が明後日来るから、早く荷物をまとめて」
「明後日! 早過ぎるわ!」
 愛鈴咲の文句は黙殺された。
「あいつが荷物の整理をしなかったから、荷造りが大変よ」
 久美子はぶつぶつと文句を言ってリビングに戻った。

 愛鈴咲はむかむかと太った猫背をにらむ。
 ここは自分の帰る家だ。間違っても雪音なんかの家ではない。
 これもすべてあいつのせいか。
 それならいっそのこと。
 愛鈴咲の目が、暗く光った。
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