私と彼の溺愛練習帳
 母が幽霊になって現れたと思わせ、久美子を脅すのだ。
 そのために閃理に協力してもらった。
 雪音の声を加工してもらい、真知子に寄せた。
 夜中に家に行き、そっと玄関を開けて家の中にカメラ付きのトイドローンを閃理が飛ばし、様子を見る。
 家の鍵が変えられていなかったからできたことだ。雪音さんのことなめすぎ、と閃理は皮肉な笑みを浮かべた。

 室内の様子を確認し、ホバリングさせて待機。その間は雪音がトイドローンのコントローラーを持った。
 閃理が外から窓に向けてドローンを飛ばす。火の玉のような光を発しながら。
 同時に、加工した声を流す。まるで死者が語り掛けるように。

 思った以上に取り乱していたから、予定より早く僧侶役を登場させた。エキストラ会社に登録している役者だった。話を聞いて、彼はノリノリで僧侶をやってくれた。

 目論見通り、久美子は家を手放すと決めた。
 雪音は今までにも彼女らからの侮辱に抵抗してきた。だが、それは根本を変えるものではなかった。家を取り返すめどが立ったことで、ようやく屈従に打ち勝った気がした。

 愛鈴咲の反応だけが予想外だった。まさか火を付けようとするとは思わなかった。
「私は優しくないの。許す気はないから。賠償は叔父さんのお金だろうし、きっとあの人たちは反省なんかしないし」
「ああいう人たちって、懲りないよね」
「そうして、ずっと私たちの知らないところで自業自得な目に遭って、なんでって言い続けるのよ」

 それはそれで苦しそうだ。本人には、覚えのない艱難辛苦(かんなんしんく)に思えるだろう。だが、心根を直さないかぎり、ずっと一生つきまとうのだ。

「だから私は冷たいの。あの人たちに自覚させてあげないのだから」
「僕には優しく見えるけどね」
 閃理はふんわりと微笑した。
「後輩の子から聞いたんだけどさ」
「平田さん?」
「そう。店長、左遷だって」
 上司から受けのいい武村が左遷だなんて、意外だった。
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