私と彼の溺愛練習帳
「本部に何件もクレームが入ったんだって。丁寧な接客をする店員がいたのに、店長がパワハラしたせいでやめてしまったって。動画を添付した人もいたらしいよ」
 雪音は驚いた。
 武村は店内でもかまわず怒鳴りつけていた。動画を撮られていても不思議ではない。
「閃理さん……じゃないのよね?」
「僕ならもっと違うやり方をするよ」
 閃理は不敵に笑った。

「ジュスティンヌは僕が片をつけてくる。僕の問題だから。帰ってきたらおかえりを言って」
 雪音は閃理を見た。彼は安心させるように笑う。
 雪音は、だからうなずいた。
「必ず言うわ」
「ありがとう」
 閃理は雪音の頬に優しくキスをした。



 閃理に呼び出されたジュスティンヌは、店に入った直後、嫌悪に顔をしかめた。
 粗末で軽薄なレストランだった。日本ではファミレスと呼ばれているのだったか。
 日本なんかで貧相な女と一緒にいるせいで、彼はこんなところを利用するようになってしまったのか。

 平日の昼間だからか、店はがらんとしていて、茶髪のつんつんした頭の青年がいるだけだった。ノートパソコンでなにかを見ている。テーブルにはゴーグルとコントローラーのようなものが置かれていた。ネットゲーマーか、とあきれた。ゲームなんて家でやればいいのに。

 閃理はすぐに見つかった。
 当然だ、とジュスティンヌは思う。彼は天の御使(みつか)いのように光り輝いている。くしくもユベールの名の意味は「光輝く」だった。

 通訳の男、ブリュノとともに彼のテーブルに行く。
『着信拒否なんてひどいわ』
 閃理の正面に座り、ジュスティンヌはフランス語で言った。
 ブリュノはそばに立ったまま座らない。

 店員が来て、立っているブリュノに戸惑いながら水を二つ置いた。ジュスティンヌは紅茶を注文した。こんな店の紅茶を飲む気はない。貧しい日本人に金を恵んでやる、くらいの気持ちだった。
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