私と彼の溺愛練習帳
その人が雪音の職場に来たのは二日後。月曜日の夜だった。
家電ショップの二階、生活家電の売り場でいつも通りに仕事をしていたときだ。
来たな。
雪音は警戒した。
何度も来ている作業着のおじさんだった。50過ぎだろうか。いつも女性店員に絡み、男性店員が来るとささっと立ち去る。
おじさんは後輩の平田美和に絡み始めた。
値引きしろ、普通は値引きするものだ、と主張する。
「ぎりぎりでやっておりますので、これ以上は……」
困惑して美和は答える。が、おじさんは退かない。
雪音はすぐに男性店員を呼ぼうとしたが、あいにく全員が客に捕まっていた。
こういうときに限って。
雪音は笑顔で二人に近付いた。おじさんからは、ぷんとアルコールの臭いが漂った。
「お客様、なにかお困りですか?」
「あんたには用はない」
雪音は顔をひきつらせた。が、ここで負けては美和が餌食になるだけだ。
「お困りのようでしたので」
「嫉妬か?」
おじさんが面白そうに言う。
誰が、誰に。
雪音の笑顔はさらにひきつる。
「違います。ご用件を伺います」
「若いねーちゃんばっかり相手にされてっていう嫉妬だろ」
どうしてそうなるんだ。
今までこんな絡み方はされなかった。酔っているせいだろうか。いつもはしらふだった。なにか嫌なことがあったのだろうか。だとしても店員でストレスを発散するなんて許されることじゃない。
「あんたモテなさそうだもんなあ」
じろじろと不躾に全身を見られる。
美和に早く行けと目で合図した。
美和はさっと歩き去った。
声をかけたものの、雪音に策があるわけではなかった。場繫ぎに定番の質問をする。
「どのようなお品をお求めですか?」
「俺が相手してやろうか」
罵倒してやりたい。が、ここは店で自分は店員、しかも派遣だ。問題を起こすわけにはいかない。
「大丈夫そうですので失礼いたします」
頭を下げて立ち去ろうとしたときだった。