私と彼の溺愛練習帳
「ずいぶんと余計なことをしてくれたね」
 閃理は前置きもなく日本語で言った。その目は怒りに満ちている。
 通訳が訳すが、ジュスティンヌは手で制した。閃理となら直接話したい。

『母国語で話して。外国の言葉は慣れないわ』
「僕の母国語は日本語だよ。日本人だからね」
 閃理は日本語で返す。
『あなたはフランス人よ。フランスでの受勲もされているわ』
「あなたのそういうところ、大嫌い」
 言われて、ジュスティンヌは悲し気に目を伏せた。

『ユベールは変わってしまったわ。日本のせいね』
「話をそらさないで。僕の愛しい人に余計なちょっかいだして、なにが慰謝料だ」
『ひどいわ。私が婚約者なのに』
「勝手に決めるな」
『おじい様方にも了解を貰っているわ』
「おじい様もおばあ様も、本人が良ければと言っただけだ。その本人が嫌だと言っているんだ。いい加減にわかれよ」
『お母様の御遺言じゃない』
「ふざけるな!」
 閃理はテーブルを叩いて立ち上がった。ジュスティンヌは気圧され、身を引いて彼を見た。

 今までに見たことのない表情だった。ヘーゼルの瞳が黄金に燃えている。悪魔と戦う大天使ミカエルもかくやという凄絶さがあった。翼と剣がないのが不自然なくらいだ。

「母は一度もそんなことを言ってない。二度と言うな」
『あんな下賤な女のどこがいいの?』
「下賤なのはあなただ。卑劣で、救いようがない。もう近付くな。僕にも彼女にも」
『私はあなたのために……』
「近付けば、僕は悪鬼になってでも追い払う」
 刹那、ぶーん、と音が響いた。
 一つではなかった。
 いくつもの音が重なり、もはや騒音だった。
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