私と彼の溺愛練習帳
 ジュスティンヌは彼を見た。
 閃理は微動だにせず静かな怒りをたたえている。
 こんなに冷たく、助けてくれない……いや違う、けしかけてくるのは彼だ。彼の心の片隅にでも、自分は存在していないのだ。
 ジュスティンヌの心が折れた。

『しょせん純血ではないからだわ』
 ジュスティンヌは閃理をキッとにらんだ。
 閃理は軽蔑の眼差しを彼女に返す。
「差別意識や選民思想は身を亡ぼすよ」
『純粋な白人が優れているだけのことよ』
 閃理は大きくため息をついた。

「あなたは大嫌いな東洋人の血が入ってるよ」
『そんな嘘に騙されないわ』
「あなたのお父さんから聞いた。祖先に中国から来た人がいるって。今なら遺伝子検査でルーツがわかるから調べてみなよ。中国はシルクロードで古くからヨーロッパと交易がある。まったく不自然じゃない」

『嘘よ、そんなの……』
 ジュスティンヌの声は弱かった。もし万が一にもその通りなら、自分はいったいなにを否定してきたというのか。
『帰りましょう、お嬢様』
 たまりかねたブリュノが声をかける。

 彼もまた恐怖していた。大きなドローンが至近距離で飛び交うさまは、なかなか心臓に悪かった。風切り音とともに肌にかかる風圧は、ぶつかったときの衝撃の大きさを予感させる。羽にはガードがついているが、軽傷では済まないかもしれない。

 ドローンがすっと退き、道を開けた。
 ブリュノに支えられ、ジュスティンヌはよろよろと店の外に出た。
 ジュスティンヌは空を見上げた。
 フランスとは違う、かすむような春の青が広がっていた。



 出て行く二人を確認したあと、ドローンはゆっくりと床に舞い降りた。
「ああ、疲れた!」
 一人の男が声を上げた。別の席に座っていたつんつん頭の男。征武だ。
「ありがとう、征武」
 閃理が声をかける。征武はFPVゴーグルをはずし、両腕を上げて、ぐーっと背伸びをした。
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