私と彼の溺愛練習帳
「マンションを借りるから一緒に住もうよ」
「お金がかかるじゃない」
「じゃあ、仕事のキリがついて雪音さんが雪音さんの家に戻ったとき。そのときは一緒に暮らそう。お母さんと三人で」
 雪音はまた言葉に詰まった。
 頭の中に、リビングで三人で和やかに過ごす姿が浮かんでしまった。

「いろいろ落ち着いてからでないと無理」
 母はまだ入院先でリハビリ中だ。
「わかった。でもちゃんと考えておいてね」
「うん」
 雪音は照れてうつむいた。たぶん、また聞かれたらすぐにOKしてしまうだろう。

「来週、ずっと準備してきたドローンのイベントがあるんだ。見に来てほしい」
「いいよ。どんなイベント?」
「見てのお楽しみ。迎えに行くよ。イベント開始までは待たせちゃうけど。防寒はしっかりね」
「わかった」
 雪音が答えると、閃理はやわらかく微笑した。

「僕ね、雪音さんに勇気をもらったんだ」
「私、なにもしてないわ」
「したよ。お母さんを探すの、勇気が必要だったでしょう?」
「でも閃理さんがいたから……」
「だから僕も」
 雪音が閃理を見ると、彼は微笑をたたえたまま見つめ返した。

「イベントに父を呼んだ。来るかどうかわからない。きっと来ない。だけど、隣に雪音さんがいてくれるなら、どんな結果でも耐えられる」

「絶対に、隣にいるわ」
 閃理の手をぎゅっと握る。
 彼はまたふんわりと微笑した。
 雪音のスマホが鳴ったのはそのときだった。

 知らない番号に戸惑った。最後の四桁が0110だから警察だろうとは予想した。
 閃理に断りを入れて緊張して出る。八王子の警察からだった。
 雪音は驚いてそれを聞いた。
 電話を切ると、呆然と閃理を見る。
 
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