私と彼の溺愛練習帳
「雪音さんは僕の父の顔もわからないのに。それに、僕は仕事中だよ」
「だけど、早く行かないと」
「いいんだ」
 閃理は空を見上げる。父も見ているはずの、この空を。

「僕のために帰って来てくれた。それだけでいい」
 あの人からの愛なのよ!
 母の誇らしげな笑顔が蘇る。
 ドローンは形を変え、満開の桜を描いた。
 ピンク色に散る花吹雪に、観客からの歓声がわいた。



 ドローンショーは好評のうちに幕を閉じた。
 スタッフが拍手しあい、ハグをして喜ぶ。
 閃理と征武もハイタッチをして喜びをわかちあった。
「よかった。これであと一つだ」
「まだなにかあるの?」
 雪音は驚いて閃理を見る。
「ちょっとだけね。征武、あとはよろしく」
「任せとけ」
 彼はにかっと笑った。

 閃理は雪音を連れ出し、観覧車に乗せた。
「どうして観覧車なの? 仕事は大丈夫なの? 後片付けは?」
「最後の仕上げをするんだ」
 雪音にはわけがわからなかった。
 観覧車が上がるにつれて、ドローンが浮上してくるのが見えた。
 女性の声で案内放送がかかった。

「ただいま再びドローンがみなさまの上空に舞い上がりました。今から上映いたしますのは、ドローンアーティストSENRI様から小萩雪音様へのメッセージでございます」

「え!?」
 雪音は驚いて閃理を見る。
「僕じゃなくてドローンを見て」
 雪音は窓の外を見た。
 ドローンは光の花を作り、やがて雪の結晶となった。

「ここから見てもきれいね」
「ありがとう」
 結晶はくるくると回りながら分散した。まるで溶けたかのようだった。それは水蒸気を模して上昇し、雲を形作り、また雪の結晶になった。

「最初、雪音さんは割れそうな薄氷だと思った」
 閃理が言う。
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