私と彼の溺愛練習帳
「割れさせたくなかった。だけど、割れてしまった。僕のせいだ。だけど氷は溶けて、新しくきれいな結晶になった。形を変えるけど決して消えたりしない」
 雪の結晶は溶けたように横一列になった。徐々に文字の形を取り始める。

 Veux-tu m’épouser ?

 描かれた文字を見て、雪音は首をかしげた。
「何語?」
「フランス語。Veux-tu(ヴ テュ ) m’épouser (メプゼ)? 結婚してくださいっていう意味」
 雪音は目を丸くして彼を見た。彼はふんわりとやわらかく微笑している。

 文字は踊るように回転し、光の輪となった。その先端にあるのはダイヤではなく雪の結晶。
 観覧車が頂点に達した。この観覧車の最高高度は百メートルを超える。ドローンの光が迫り、ぶーんという音も大きくなった。

 閃理は雪音の隣に座り直し、手を取った。
「雪音さん、僕と結婚して」
 雪音はどきどきと彼を見た。ヘーゼルの瞳に、今は雪音だけが映っている。
「僕はあなたの帰る場所になる。あなたは僕の帰る場所になって」
 もう空に描かれたものを見る余裕はなく、ただ閃理だけを見つめた。

「絶対に帰ってきてくれる?」
 雪音はたずねる。
「もちろん」
「私のこと、置いていかない?」
「当然。……だけど、雪音さんも僕を置いていかないでよ? もし置いて行ったら」
 閃理はいたずらっぽく彼女を見る。
「ドローンでどこまでも追いかけるから」
 雪音は苦笑した。その瞬間、雫が瞳からこぼれる。

 ドローンは三日月を描き、雪の結晶を描いていた。
 やがて欠ける月。だが時を経てまた満ちる。
 雪音はぎゅっと閃理の手を握り返す。

「これからもただいまを言わせて」
「僕は必ずおかえりを言うよ」

 閃理はそっと雪音を抱きしめ、唇を重ねた。
 雪音もまた閃理をぎゅっと抱きしめる。
 ドローンは祝福するように夜空にまたたき続けた。


~ 終 ~
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