私と彼の溺愛練習帳
「なによあの男!」
 目を吊り上げて愛鈴咲は言う。
「なんであんたなんかがあんないい男と一緒にいるのよ!」
 やっぱり負けたと思ってたんだ。雪音は内心で笑う。

 愛鈴咲はふん、と鼻を鳴らした。
「あんた、こんなん書いてるのね」
 愛鈴咲が隠していた手を出す。雪音の日記帳を持っていた。大学ノートに書き綴っていたものを見つけられてしまった。
「なによ、いいこと日記って。いい年してバカみたい」
 愛鈴咲がせせら笑う。

「返して」
 雪音が手を伸ばすと、愛鈴咲はさっと日記を上げてとらせない。
「惣太さんが食事に誘ってくれた、惣太さんに告白された。惣太さんが家まで送ってくれた。ぜーんぶ、今は私のものだから」
「返してったら!」
「こんなもの!」
 愛鈴咲は日記を床に叩きつけ、踏みにじる。

「やめて!」
 取り返そうと手を伸ばすが、その手を踏みつけられた。う、と苦痛に声が漏れた。
 母に勧められて始めた日記だった。いいことだけを書いておくと、見返したときに毎日が幸せだったと思えるでしょう? 母は優しく微笑んで言っていた。
 だからなるべく毎日、いいことを見つけて書いていた。

 そうしていると行方不明の母と繋がっているようで、心安らかになる気持ちもしていた。
 それを愛鈴咲は嘲笑い、踏みにじった。
「またなにを騒いでるの」
 リビングからめんどくさそうに久美子が顔を覗かせる。

「ママー、この女、私の彼氏をとったのよ」
 真逆のことを言われ、雪音は絶句した。

「性根が腐ってるとは思ってたけど、そんなことまでするとはね」
 久美子の目が険しく雪音をにらむ。
「違います!」
「もういい加減に家を出て行って」
 久美子は嫌悪に顔をゆがめた。
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