私と彼の溺愛練習帳
「気休め、ありがとう」
 雪音は儚げに笑っていた。
「信じてないね。言ったよね、僕が溺愛するって」
 閃理は真剣に雪音を見た。雪音は少し動揺して目をそらした。

「あなたがされてうれしいこと、全部してあげる」
「ないわ」
「即答かあ」
 閃理はためいきをついた。

「じゃあ、僕が思う溺愛をする」
 雪音はけげんな目で彼を見た。
 閃理は雪音の後頭部にすっと手を伸ばすと、彼女の頬にキスをした。

「――!」
 雪音はびくっと背を伸ばした。
「かわいい」
 閃理は雪音とおでこを合わせる。

「近い!」
 雪音が抗議の声を上げる。
 声に感情がある。
 戻って来た、と閃理は思った。よかった、戻ってきてくれた。

 閃理はぎゅっと彼女を抱きしめる。
「おかえり」
 雪音はなにも言えず、ただ彼に抱きしめられるままになっていた。

***

 閃理のマンションに連れて来られたとき、雪音は思考がマヒしているかのようだった。どんよりと重くて、なにも考えたくなかった。
 ろくに知らない男の部屋で、なんで自分は平気なんだろう。
 母の話をしているときも頭は鈍く重かった。

 そうして、彼は変なことを言った。
「僕の思う溺愛をしてもいい?」
 なにを言っているんだろう。
 思ううちに、頬にキスをされて驚いた。

 急に頭の中のピントが合ったようだった。
 閃理がおでこを合わせて来る。
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