私と彼の溺愛練習帳
「私がうれしいこと、してくれるの?」
「もちろん」

 雪音はココアをテーブルに置いた。
「じゃあ、頭をなでて良い子だって褒めて。毎日頑張ってるって褒めて。優しい人だって褒めて」
 閃理は月光のように透明に微笑した。
 それから、そっと、壊れ物のように雪音を抱きしめる。

「あなたは良い子だよ。毎日頑張ってる。あなたが人を助ける優しい人だって、わかってる」
 彼の手がふんわりと雪音の頭を撫でた。

「仕事仲間を助けるのを見てた。自分が傷付いても他人を傷付けないのを見た。あなたが優しくて頑張る人なんだってわかるよ」
 雪音はぎゅっと目をつむった。
 また涙がこぼれた。

 なぜだろう。
 なぜ泣いてしまうのだろう。

 ……なんとなく、わかる。
 彼が泣くのを許してくれるからだ。
 そんなのは甘えだ。

 なのに。

 彼の手が優しく頭を撫でてくれる。もう片方の手でしっかりと背を支えてくれる。温かくて、ずっとこの場所にいたくなる。
 だけど。
 自分の居場所はここではない。

「ありがとう、もういい」
 手を伸ばして、彼から離れる。
 体温が離れ、寒々しく感じた。
 バッグから鍵を出してテーブルに置く。

「泊めてくれてありがとう。今夜はほかに泊るから」
「どこ?」
「友達の家」
 うつむいて、雪音は言った。

「嘘だね」
 彼は即座に断定した。
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