私と彼の溺愛練習帳
 片付け終わって落ち込む雪音の頭を、彼は優しく撫でた。
「大丈夫だから。ハードにはかかってないし」
「ごめんね」
 申し訳なくて、雪音はしゅんとしてうつむく。

「猫と同じ。あなたはただ愛されていればいいんだ」
 閃理が言う。
 確かに自分は猫並だと思いかけ、否定する。猫以下だ。猫はかわいいし癒されるから。

「生活費、入れさせて」
 そうしたら猫から脱却できるだろうか。
「家には十万いれてたから、それくらいでもいい?」
 こんな高そうな家の家賃にはとうてい足りないだろうけど。

「普通、実家に入れるのって三万から五万じゃないの? だから三万でいいよ」
「でも」
「本当は一銭もいらないけど。受け取らないと出て行くって言うでしょう?」
 答えられずに視線をそらすと、壁際の棚に勲章のようなものがケースに入れて飾られていた。

「あれ、なに?」
「……フランスでちょっと」
「ちぇばにえる?」
「シュバリエと読むんだよ」
 なんか聞いたことある、と思う。

「映画監督が受賞したりするっていう?」
「これの主催は違うけど、似たような感じかな。勲章の場合は受賞じゃなくて受勲ね。ドローンの映像があっちでウケたことがあって。過去の栄光だよ」
 なんかすごそう、とそれを眺める。過去の栄光と言えるのがすごい。だが今でも飾っていると言うことは彼もうれしいのだろう。

「トロフィーは?」
「ドローンレースで勝った」
「すごいじゃない」
 いくつもの盾やカップ、トロフィー、メダルがある。改めて見ると、それらの土台にはドローンの大会や映像に関する賞の名前が刻まれていた。

「レースは征武のほうがすごいよ。なんども優勝してる」
 ビルの屋上に一緒にいた人だ、と思い出す。二人してすごい。自分がそんな別世界の人と知り合ったなんて。
 ふと、その横に小さめの額が伏せられているのが見えた。
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