私と彼の溺愛練習帳
「倒れてるよ」
 手にとってみると、写真が入っていた。
 写真の三人は輝くように笑っていた。幼い子供が一人に、金髪の白人の女性と、日本人らしき男性。幼い子供はまるで天使のように微笑んでいた。

「それ、家族。僕が小さいときの写真」
 彼は雪音の手から額をとりあげ、また伏せて置いた。

「母はフランス人。僕が高校のころに亡くなっている。父は日本人の写真家で世界中を飛び回っていて、もう何年も会ってない。連絡もろくないよ」
「そう……」
 彼もまた寂しいのだろうか。だから自分を住まわせるのだろうか。伏せるということは、なにかあるのだろうか。

 心配になって目を向けると、彼はふんわりと笑った。
「ごはん食べよう。作ってあるから」
 彼は軽くハグしてから、雪音を促して部屋を出た。



 電話が来たのは食事中のことだった。
「ちょっとごめん」
 そう言って、彼は電話に出る。
「Bonsoir」
 彼の口から出た言葉に、雪音は面食らう。

 ぼんじゅーるって言った? フランス語?
 明らかに英語ではない外国語で彼は話している。

 もれ聞こえて来る相手の声は女性のものだった。
 次第に彼は険しい顔になる。
 雪音の視線に気がつくと、彼は仕事部屋に入って行った。

 なんの電話だろう。
 雪音は不安になって彼がいなくなった席を見る。
 彼はかなり長いこと電話をしていて、雪音はひさしぶりに一人で夕食を食べることになった。
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