私と彼の溺愛練習帳
「雪音さんはこんなにいい子なのに」
 閃理はまた雪音を抱きしめる。
 温かな抱擁に、切なくなる。
 こみあげるようにして、言葉が漏れた。

「……高校の頃、彼氏がいたの」
「うん」
 閃理は優しく彼女の頭を撫でる。

「初めての彼だった。したいって言われて、すごく迷って、だけど彼が好きだったから、嫌われたくなくて、いいよって言ったの」

 高校で出会った同級生の彼は自分とは違うタイプの人間だった。明るくて誰とでも仲良くなる。ガラの悪そうな人たちとも仲良く軽口を叩く姿は、人と距離をとって接している自分とは大違いでまぶしかった。

 彼から告白されたとき、すごくうれしくて舞い上がった。
 一か月後、彼から情熱的にそれを言われた。
 お前のこと好きだから。全部ほしい。

 抱きしめられて言われ、愛されているのだと思った。家族でも友人でもない人に愛され、必要とされている。うれしくてたまらなかった。
 彼に連れられてホテルに行った。なにもかもが初めてで、緊張した。

「それで、初めてだったから、痛くて……痛がってたら、萎えるわって言われて、その場でフラれたの」
 閃理が絶句したのがわかった。
「それで、二度としたくないって思ったの」

 今から思うに、彼は女なら誰でも良かったのだ。やらせてくれる女なら誰でも。
 雪音は人恋しかった。思春期に友達もなく一人きり。だから狙い目だと、そう思われたのだろう。

「つらかったね。話してくれてありがとう」
 閃理はまた優しく頭を撫でてくれた。
 だからこそいたたまれない。

「……やっぱり、男性はそういうことがしたいものなの?」
「それ、聞くんだ」
 閃理は苦笑した。
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