私と彼の溺愛練習帳
 雪音は思わず閃理の前に出た。この男に、線の細い閃理がかなうようには見えなかった。
 甘えるべきではなかった、と後悔した。
 どんな目に遭っても、彼を自分の不運に巻き込まないようにするべきだった。

「その男は?」
 伶旺があごをしゃくって閃理を示す。
「彼は……」
「今カレだよ」
 言いかけた雪音を遮って言い、閃理は後ろから雪音を抱きしめた。

「関係ない人だから!」
 焦って、雪音は離れようともがく。
「ダメだよ。僕が守るんだから」
 ささやいて、閃理は彼女を離し、前に出る。

 気圧された伶旺が一歩を下がった。
 背は閃理のほうが高い。
 見下ろされ、伶旺はぐっとにらみ返した。一瞬でも気圧されたのが許せないのだろう。

「なにやってんの」
 女が伶旺に声をかけてきた。派手な髪をして、まつげは真っ黒にもりもりだった。胸元の空いたニットに毛足の長いだぼっとしたコートを着て、ミニスカートにロングブーツだ。

「ちょっと、昔のツレ」
「どっちが」
 閃理を見ながら、女はきく。
「女の方」
「ふうん」
 女は、今度はじろじろと雪音を見た。
 閃理は女にかまわず伶旺を見る。

「これが噂の、エッチが下手な元カレね」
 閃理が言う。
 雪音はあっけにとられて閃理を見た。
 後ろからは彼の背しか見えず、どんな表情をしているのかわからない。ただ、声には明確な嘲りがあった。

「下手じゃねえよ!」
「下手だから彼女が痛がったんじゃん。僕とのときはすごく気持ちよさそうだもん」
 閃理とは一度もしたことないのに、なんてことを。
 雪音は声もなかった。
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