私と彼の溺愛練習帳
「なんだてめえ!」
 激高する伶旺の横で、女はうなずいた。
「確かに下手だわ」
「納得してんじゃねーよ!」
 伶旺が叫ぶ。

「だってあんたのエッチって独りよがりなんだもん」
 女が言う。
「いつもよがってるじゃねえか!」
「演技に決まってるじゃん!」
「はあ!?」
「今カノのおすみつきだから、やっぱり下手なんだね」
 笑いを含んで、閃理が言う。

「てめえ!」
 伶旺が殴りかかって来る。が、閃理は軽くいなして腕をひねり上げる。いてえ、と伶旺が声をもらす。

「離せ!」
「彼女に近付くなよ。約束するなら離す」
「ふざけんな!」
 伶旺が吠えると、閃理はさらに腕をひねった。
 伶旺は痛みにうなり、顔をゆがめた。

「わかった、わかったから!」
 閃理が手を離すと、彼はすぐに走って逃げた。
「ちょっと!」
 女は声をかけるが、追わなかった。
 閃理をふりかえり、媚びるように見上げる。
「あんた強いんだね。連絡先教えてよ」

 雪音は唖然とした。
 さっき閃理は自分と恋人同士だと宣言していたような。
 なのに声をかけてくるのか。
 自分とはまったく違う人種だ、とあきれてなにも言えなかった。

「僕は彼女一筋だから。あなたなんか女に見えない」
 閃理は雪音の肩を抱いて、女を冷たく見る。
 女はむっとして、(きびす)を返した。
 人ごみに女が消えるのを見て、ようやく雪音は息を吐いた。
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