私と彼の溺愛練習帳
 雪音は静かにため息をついた。
「……これ以上は、いらない」
 雪音はうつむいた。
 ココアの優しい茶色が、温かく瞳に映る。

「そうなの? じゃあ、かわりに飲むよ」
「明日からやめてくれたらいいから」
 手遅れだ、と思った。甘くて甘くて、どこまでも欲する自分がいることに気が付いた。



 お店は日曜日も人出が多かった。が、翌日に月曜を控え、客の引きは早い。
 遅めの時間に中年の女性が現れた。
 急ぎ足で洗濯機のコーナーに行き、見始める。

 雪音はすぐには声をかけなかった。購入を検討しているお客様なら、ある程度は本人が確認してから声をかけたほうがお互いの効率がいい。

 しばらくして雪音は声をかけた。
「いらっしゃいませ。洗濯機をお探しですか?」
「そうなの。壊れちゃって。困るわ」

「どのような機能をお求めでしょう」
「よくわからないのよね。おすすめはどれ?」

「ドラム式と縦型、どちらがよろしいですか?」
「今は縦型だけど、ドラムがいいのかしら」

「最新式なら洗浄力はほぼ変わりません。節水できるのはドラム式ですね。ヒートポンプ式での乾燥なら電気代も節約できます」
「でも本体が高いわ」
 女性はふと気づいたように雪音を見る。

「静かなのはどれ? 息子が夜遅くに思い出して体操服を出すのよ」
「西芝が一番静かです」
「そんなに断言するほど?」
「ここに音の大きさが書いてあります」
 女性は数字をほかと見比べ、へえ、とうなずいた。

 しばらくあれこれと質問され、説明し、結局すぐに届くから――といっても三日後だが――という理由で西芝の乾燥機能つきの縦形を買った。

「壊れたのはお店で引き取ってもらえるのよね」
「もちろんです」
「家電リサイクル料金が必要ってのが腹立つわね」
「申し訳ございません」
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