私と彼の溺愛練習帳
「ごめんなさい、あなたへの文句じゃないのよ。昔はそんなものなかったから」
 それにしても、と女性は言葉を続ける。
「今日買えてよかったわ。ありがとう」
「在庫があって良かったです」
 雪音はにこっと笑った。
 女性は購入手続きをして、礼を言って去って行った。


 
 雪音は複雑な気持ちで女性を見送った。
 壊れたから、と新しい洗濯機を買いに来た。

 壊れた家電。
 男性の求めに応じられない自分は、それと何が違うのだろう。
 女性として壊れているのだろうか。

 ノートパソコンやデジカメなどでは、飽きたから、新しい物が出たからと古いものを手放して買い直す人がいるという。
 壊れてなくても、古くなれば自分も捨てられるのだろうか。
 そう思って、苦くうつむく。
 そんなの、世の女性に対して失礼だ。
 だけど、自分は。

 きゃっきゃと騒ぐ高い声が聞こえて、そちらを見た。
 幸せそうな親子連れがエスカレーターで降りて来た。両親と男の子と女の子が一人ずつ。八階のおもちゃ売り場の帰りだろうと思った。

 遅くなっちゃったわ。
 三十代の半ばに見える母親が言う。
 楽しかった!
 ごはんおいしかった!
 言いながら、なぜか子供たちは走り出す。
 店の中を走ったらダメだ!
 注意する父親の声すら幸せそうだ。

 雪音は眉を寄せた。
 そもそも体を重ねるのは子供を成すための行為だ。
 子供を産むってどんな感じだろう。
 漠然と考えたことはあるが、うまく想像できない。ドラマやCMの典型的な家族像しか思い浮かばない。
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