私と彼の溺愛練習帳
 今まできちんと考えたことがなかった。いや、考えないようにしていた。
 叔母たちがのっとった家を守ることに必死だった。
 取り返す方法も思いつかず、いつまでこれが続くのかとばかり考えて、人生設計は立てられなかった。

 愛鈴咲はそのうち結婚して出ていくだろうか。
 叔母たちはそのときどうするだろう。
 死ぬまで家に居座るのだろうか。

 叔母たちは結婚もできないのか、と雪音を罵って来た。
 結婚するなら家を出なくてはならないだろうか。
 出ていくなんて嫌だ。ならばいっそ結婚しない。
 そう思っていた。恋愛に積極的になれない理由は、そこにもあった。

 子供がほしいならしっかり考えた方が良い年齢だ。
 だけど、こんな自分が子供を育てていいようには思えない。
 そもそも相手がいない。自分は男性に相手にされなかった。しゃれっ気もなく古着ばかりを着ていた。流行を身に纏う女性たちがきらきらとまぶしかった。

 閃理の顔が浮かんだ。
 彼はまだ若い。子供なんて考えてもないだろう。
 結婚して子供を産みたいなら、きっとそれなりの年齢の人にするべきだ。数年して「やっぱり若い人がいい」なんて捨てられたら耐えられそうにない。

 退勤時間になり、着替えて外に出た。
 夜空は透き通って暗く、空気は冷たかった。
 新月を超えたばかりの繊月(せんげつ)はとっくに地の底に沈んでいて、空にはなかった。



 閃理と一緒に夕食を終えると、雪音はシャワーを浴びた。
 スエットを着て出てくると、彼はリビングでドローンの手入れをしていた。
「あ、ごめん、気付かなかった。ドライヤーできなくてごめん」
「いいよ。普通は自分でやるんだから」
「ありがと」
 閃理はにこっとしてから、作業を続けた。

 雪音はソファに座り、なんとなくそれを眺めた。
 彼が手にしているのは、羽が剥き出しになっているものだった。
 彼はいろんなドローンを持っている。仕事部屋には何種類ものドローンがあった。
「あ……」
 閃理が声を上げる。
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