私と彼の溺愛練習帳



 翌朝、一緒に食事をとっているときだった。
 何気なくつけていたテレビからニュースが流れた。
「行方不明になっていた女性が発見されました」
 ハッとして見る。と、先日放送されていた、八十歳の女性のことだった。
 落胆して、息を吐く。

「お母さん、探してみる?」
 閃理が言う。
 思ってもみなかった提案に、雪音はぽかんと彼を見た。彼は真顔で自分を見ている。

「どうやって?」
「今ならネットでも探せるし、お母さんの昔の知り合いとか会社をあたってみるとか。警察に失踪者の届け出は?」

「叔母がやっていたわ」
「でも大人の失踪は事件性がない限り調べないって聞くよ」

「一応は調べたみたい。事件や事故の情報を照らし合わせて。でも見つからなかったって」
 子供の頃、そう言われても納得できなくて頑張って警察署まで出向いた。古臭い飾り気のない建物の中、制服の警察官がいっぱいいて、物々しくて怖かった。

 残念だけどね、お母さんは見つからなかったのよ。
 対応してくれた女性警官はそう言った。
 そのうちひょっこり帰って来るから。
 慰めで言っているだけで、本心でないことはすぐにわかった。
 女性警官は困ったように、だけど安心させるように微笑を浮かべた。それが切なくてたまらなかった。

 探すなら、またあんな思いを味わうのだろうか。
 見つかっても見つからなくても、どちらも怖い。
 生きているなら、自分が捨てられたと言うことにならないか。
 命がないとわかったら、自分が一人きりになったということだ。そんな現実、受け止められない。
 見つからなかったら、それもまた絶望するだろう。

 雪音は首を振った。
「探すのはやめておく」
 閃理はやわらかく微笑した。

「気が変わったらいつでも言って。協力するから」
「ありがとう」
 雪音もまた微笑した。頬がひきつったが、気にしないようにした。
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