私と彼の溺愛練習帳
翌日、雪音は早番だったが、残業するはめになった。
店頭の冷蔵庫その他を新商品に入れ替える予定だったが、到着が遅れたのだ。
応援のためにバックヤードに行くと、すでにトラックが後部の扉を開けてトラックバースに接車していた。が、荷下ろしの手は止まっていた。
「こっちにだって都合があるんだよ!」
武村が怒鳴る。
「すみません、事故渋滞で」
ドライバーはひたすら頭を下げた。
武村のせいで作業が止まっているのか、と雪音はげんなりした。
「すみません、店長」
雪音が話しかけると、武村はぎろっと雪音をにらんだ。
「入れ替えた冷蔵庫、どこに置くんでしょうか」
「馬鹿か! アウトレットコーナーだって言っただろ!」
移動の作業はもう終わっている。が、矛先を自分に向けるために言ったのだ。
「コーナーの一番手前側でいいですか?」
「そうだって言ってんだろ!」
続けて、武村は雪音を罵倒する。
雪音はドライバーに目で合図を送り、彼はほかの従業員とともに積み荷を下ろし始めた。
ああ、疲れた。
仕事を終えて、雪音はロッカールームでぐったりとコートを着た。
「お疲れ様です」
美和が温かいコーヒーを差し出してくれた。
「ありがとう」
受け取って、両手を温める。
「わざと怒鳴られに行くって、すごいです」
「気付いてたの」
「わかりますよ」
「もう慣れたから」
雪音は苦笑した。
半分は嘘だ。
怒鳴られるのは嫌だ。だけど、小学生の頃から叔母や愛鈴咲に罵倒され、怒鳴られ、心のどこかがマヒしてしまっている感覚はある。