私と彼の溺愛練習帳
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風泉閃理はいつものように準備を開始した。
自治体からの依頼で、イルミネーションされた街路樹の並木道をドローン撮影するところだった。航空法に則り、人のいる街中での撮影の許可はとっている。
「フランスの彼女、どうなった?」
相棒の長浜征武が言う。明るい茶髪がつんつんしていて、ひと好きのする愛嬌のある顔が閃理を見た。
「フランスにいるよ」
「答えになってない」
「こっちは準備できたぞ」
無視して閃理は言った。
「こっちもOKだ」
「じゃあ飛ばすよ」
閃理は操縦を開始した。
ぶうん、と大きな音を立ててドローンは飛んでいく。
プロポと呼ばれるコントローラーの小さな画面に、街並みが徐々に大きく映り始めた。
街路樹にまきつけられたLEDは黄金の粒のように温かく輝いている。それを見る人々の顔もまた温かくほころんでいた。
ふと、一人の女性が目についた。
彼女だけが、闇をまとうように暗かった。
ピンと張りつめた薄氷のようだ、と思った。
なにかのきっかけがあればすぐに割れて壊れてしまう。
頬を伝う雫がきらりとこぼれた。
光から逃げるように彼女は歩き出す。
思わずドローンで追い掛けた。
征武はノートパソコンでリアルタイムの画像を確認していた。だから予定の軌道からズレたことにすぐに気が付いた。
「あれ? なにしてんの?」
征武がたずねる。
「あ……」
閃理は思わず声を上げ、動揺で手が滑った。
直後、ドローンが彼女にぶつかった。
ありえないミスに、閃理は血の気が引いた。
衝突防止機能もあるはずなのに、どうしてぶつかってしまったのか。そもそもぶつかるような操縦をするのがありえないのだが。
「謝って来る!」
返事も待たずに彼は駆け出した。