私と彼の溺愛練習帳

***

 風泉閃理(かざみせんり)はいつものように準備を開始した。
 自治体からの依頼で、イルミネーションされた街路樹の並木道をドローン撮影するところだった。航空法に則り、人のいる街中での撮影の許可はとっている。

「フランスの彼女、どうなった?」
 相棒の長浜征武(ながはままさたけ)が言う。明るい茶髪がつんつんしていて、ひと好きのする愛嬌のある顔が閃理を見た。
「フランスにいるよ」
「答えになってない」
「こっちは準備できたぞ」
 無視して閃理は言った。

「こっちもOKだ」
「じゃあ飛ばすよ」
 閃理は操縦を開始した。
 ぶうん、と大きな音を立ててドローンは飛んでいく。

 プロポと呼ばれるコントローラーの小さな画面に、街並みが徐々に大きく映り始めた。
 街路樹にまきつけられたLEDは黄金の粒のように温かく輝いている。それを見る人々の顔もまた温かくほころんでいた。

 ふと、一人の女性が目についた。
 彼女だけが、闇をまとうように暗かった。

 ピンと張りつめた薄氷のようだ、と思った。
 なにかのきっかけがあればすぐに割れて壊れてしまう。
 頬を伝う雫がきらりとこぼれた。
 光から逃げるように彼女は歩き出す。
 思わずドローンで追い掛けた。

 征武はノートパソコンでリアルタイムの画像を確認していた。だから予定の軌道からズレたことにすぐに気が付いた。

「あれ? なにしてんの?」
 征武がたずねる。
「あ……」
 閃理は思わず声を上げ、動揺で手が滑った。
 直後、ドローンが彼女にぶつかった。

 ありえないミスに、閃理は血の気が引いた。
 衝突防止機能もあるはずなのに、どうしてぶつかってしまったのか。そもそもぶつかるような操縦をするのがありえないのだが。
「謝って来る!」
 返事も待たずに彼は駆け出した。
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