私と彼の溺愛練習帳
「もう少し家にお金を入れなさいよ」
母の久美子の言葉に、愛鈴咲は顔をしかめた。
「嫌よ。私もいろいろ必要なんだから」
今までは一カ月に一万をいれたり入れなかったり、千円だけというときもあった。それでも久美子はなにも言わなかったのに。
「掃除もなにもかも私にやらせて。遊んでばっかりでいいわね!」
愛鈴咲はむっとした。
「自分だってあいつに掃除も料理もやらせてスマホしてたじゃん」
「あーあ、主婦は大変だわ」
久美子は大袈裟につぶやいた。
「私のほうが大変よ。働いてるんだから」
今はパートすらしてないくせに、と愛鈴咲は久美子を軽蔑の目で見る。自分はバイトをしてるんだから立場は上だと思った。醜く太った体に、少しはやせたらいいのに、と思った。
「だったらお金を入れて」
「なんでそんなにお金ないのよ」
「あいつがいなくなったからよ。もう少し置いてやれば良かったわ」
「いくら入れてたの?」
「十万よ。もっと入れろと言っても聞かないんだから」
ぶつくさと久美子は言う。
十万。
愛鈴咲は心の中で反芻する。
それだけあればこの前あきらめたバッグが買える。惣太は大手メーカー勤務のくせになにも奢ってくれない。彼を奪ったのは雪音への嫌がらせもあったが、愛鈴咲の言うことを聞きそうで金がありそうだからだ。なにも買ってもらえないのでは意味がない。あんなはずれをつかまされるとは思わなかった。
つまり、あいつのせいじゃん。あいつに払わせれば解決だわ。
愛鈴咲はにやりと笑った。
雪音はその人物を見て愕然とした。
どうして愛鈴咲がまた職場に来るのか。
今日は愛鈴咲だけが単独で店にやってきた。にやにやと企みを隠そうともしない。
やはり辛苦は雪音を見放してはくれないのだ。それは今、人の形をして目の前にいる。
「なにしに来たの」
雪音が愛鈴咲をにらむと、彼女は、ふん、と鼻を鳴らした。