私と彼の溺愛練習帳

「別れた直後に新しい男がいるとか。男にだらしないのは親子共通ね」
「どういうことよ」
「母親、浮気してあんたを捨てたんじゃん」
「絶対に違う。そんなこと言いに来たなら帰って」
　もし母があの時点で恋人を作っていたとしても、それは浮気ではない。

「あんたに常識を教えに来てあげたの」
　雪音さらに顔を険しくした。
　恋人を奪う人が語る常識とは。

「修繕費を払いなさいよ。賃貸とか、普通は出ていくときにお金を払うのよ」
「私の家よ！　あなたたちがとったのよ！」
　雪音は思わず声を上げた。
　周囲の人たちが一斉に彼女たちを見る。

「失礼ね！」
　愛鈴咲は雪音の頬を平手で殴った。
　よけそこなって、もろにくらった。

「なにしてるんだ！」
　武村の声がして、雪音ははっとした。
　最悪だ。こんなタイミングで。
　だが、これもいつものことだ、と思い直す。タイミングが味方してくれたことなんてない。

「この人にいきなり殴られたんです！」
　愛鈴咲が言う。
　雪音は唖然とした。
　昔からのことだが、平気で嘘をつく愛鈴咲にはあきれる。

「違うんです」
　雪音は言う。さすがにこの冤罪はかぶりたくない。
「申し訳ございません。当方の教育が行き届かず」
　武村はぺこぺこと頭を下げる。

「邪魔だとかお前なんか客じゃないとか、あげくに盗んだって暴言も吐かれて」
　泣きそうな顔で弱々しく彼女は言う。
　雪音は歯をかみしめた。
　この顔にみんな騙される。

　雪音が泣いても誰も同情などしなかった。
　だが、愛鈴咲が一粒でも涙をこぼそうものなら、みんなが必死で彼女のご機嫌をとる。汚くてみすぼらしい自分より、かわいい彼女の味方をするのは当然だろう。

「お前も謝れ！」
　武村に言われて、雪音はぎゅっと拳を握りしめた。