私と彼の溺愛練習帳
 実際にはスマホの代金で半分近く消えるそれを、もらいすぎだと思った。
 よこせと言っても雪音は金をよこさず、腹が立った。
 一年ほど経ったころ、雪音が家に入れる金を減らしたと久美子がこぼした。

 変に頭がまわるようになったわ。スマホなんて害悪ね。
 確かに、と愛鈴咲は思う。
 前まではぼさぼさの頭だったのに小奇麗になった。1000円カットを使っているなど、愛鈴咲は想像もしなかった。
 雪音は古着屋で激安の服を買っていたが、それも雪音のくせに贅沢だと思えた。

 だから墨汁を買ってきてかけてやった。ひどい、と泣く姿を見てようやく胸がすいた。年上の彼女がなすすべもなくやられるのは爽快だった。

 久美子が雪音の会社に直談判に行くときにはついて行った。応接室に案内され、久美子とともにソファに座る。
 しばらくして上司の男が入って来た。はげて太っていて、へつらうような愛想笑いを浮かべていた。

 給料の振込先を私に黙って変えるなんておかしくないですか。
 開口一番、久美子は言った。
 長いこと面倒を見て来たんですよ。恩を返す義理があると思いませんか。

 上司の男は困惑していた。
 給料は本人に払うと法律で決まっています。

 回答に、久美子は憤慨した。
 この世には義理も人情もないのですか! あなたは情を盗んでほくそ笑むような非道の味方をするのですか!

 男はおろおろと狼狽えた。

 どろぼうか、と愛鈴咲は納得した。そうだ、その単語がピッタリだ。

 落ち着いてください、本人を呼んできますので。
 上司は退席し、雪音が入って来た。

 給料の振り込み先を戻すように久美子は要求した。その口座の通帳もカードも久美子が持っている。
「できません」
 雪音ははっきりと断った。

「先輩に教えてもらいました。給料を全部叔母にとられるのはおかしいって」
 燃えるような目だった。

 愛鈴咲は怯んだ。そして、雪音に怯まされたことに腹が立った。
 身の程を教えてやらなくちゃ。
 愛鈴咲は怒りを燃やした。
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