私と彼の溺愛練習帳
 寝取ってやろうと思った。男を落とすのは簡単だった。腕をからませて胸を押し付けて泣きそうな顔をしてやれば一発だ。

 だが、惣太には時間がかかった。真面目かよ、と軽蔑した。酔わせてホテルに連れ込んだ。
 酔った彼は自分を雪音と勘違いしていて腹が立った。結局、泥酔した彼はなにもせずに寝てしまってつまらなかった。が、目が覚めた時の彼の顔は見ものだった。

 雪音のショックを受けた顔はさらに面白かった。
 次はあの男がいいなあ。
 雪音をハグした美しい男を思い出す。
 あいつなんかにはもったいない。

 私を傷付けた慰謝料ももらわないと。
 愛鈴咲はスマホを取り出した。



 左頬を赤くして帰った雪音に、閃理は驚いた。
「どうしたの」
「ちょっと」
「だめ。ちゃんと言って」
「先にお風呂に入らせて」
 閃理はためらいながらも雪音を浴室に行かせてくれた。

 雪音はシャワーを浴び、ため息をついた。
 また仕事を変えないといけないだろうか。すでに慣れた仕事を変えるのは面倒だった。
 浴室を出ると、閃理が髪をかわかしてくれて、湿布を貼ってくれた。

 雪音に食事をとらせてから、閃理はココアを淹れてくれた。
「ちゃんと教えてね?」
 閃理がソファの隣に座り、言う。

 雪音は手の中のマグカップを見た。まろやかな茶色の液体から、湯気が優しく上っている。
 今日あった出来事を言う。
 ただそれだけで、なぜだか勇気が必要だった。

「今日、愛鈴咲が来てね」
 ゆっくり、ぽつぽつと雪音は語った。愛鈴咲に言われたことを。
「……それで店長に怒鳴られたの。いつものことだけど、今日はきつかった」
「つらかったね。やり返さなかった雪音さんは立派だよ」

 閃理はぎゅっと雪音を抱きしめ、頭を撫でてくれた。
 スマホが鳴ったのはそのときだった。
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