私と彼の溺愛練習帳
「面白い話なんてないよ」
 つまり、話したくないということか。
「わかった」
 雪音が言うと、閃理は雪音の頭を抱きかかえた。

「母がフランス人だってのは言ったよね。小さい頃はフランスに住んでた。小学校からは日本。母は僕が高校に入ってすぐ、事故に遭った。父は撮影に行っていて、帰って葬式を上げたらすぐにまた出て行った。連絡はめったにない」

 雪音が彼を見ようとすると、ぐっと頭を押さえられた。見られたくないのだと悟って、視線を落とした。

「ドローンを始めたのは中学の頃。父のドローンをさわらせてもらって、はまった」
 閃理の部屋に一つだけ古びたドローンがあった。その機体だろうか。

「征武とは大学のドローン部で出会ったんだ。僕は撮影、彼はレースが好きだった」
「……うん」
「征武に誘われて何回かレースに出てみた。小さな大会で優勝できた。うれしくてまだトロフィーを飾ってる。でも、満足したからレースはもうやってない」

「レースって面白い?」
「面白いよ。車だと二次元だけど、ドローンなら三次元だからそこも面白い。でも緊張もするから苦手。征武はそれがいいって言うんだよ。きっとアドレナリン全開なんだろうなあ」
 やんちゃな雰囲気の彼を思い出す。にかっと景気よく笑いながらレースに出ていそうだ。

「機体の性能もきっとすごいのね」
「機体よりプロポとFPVの性能のほうが大事なんだよ。だからプロポが十万で機体が一万とか、よくあるよ」
「そうなの!?」
 雪音は目を丸くした。ラジコンのコントローラーみたいなものがそんなに高いなんて思いもしなかった。

「レースで機体が壊れることもあるし、ペアリングできればほかの機体でも使えるからプロポにはお金をかけるんだ」
「知らなかった」

「レースにも種類があるけど、僕が出た大会は会場を暗くして、ゲートをLEDで光らせていたよ。水平にも上空にもゲートがあって、決められたルートを飛ばすんだ」

「見てみたい」
「動画があるよ」
 閃理はスマホで動画を見せてくれた。
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