私と彼の溺愛練習帳
 すぐ脇の広場にはベンチがあり、知った顔が待ち構えていた。隣には大きなドローンがある。回転翼(ローター)が六か所についているヘキサコプターだった。羽の枚数が多い方が機体が安定するメリットがある。

「お疲れ。下見ごくろう」
 人好きのする笑顔が二人を出迎えた。茶色の頭は今日もつんつんしていた。

 あ、と雪音は気が付いた。
 公園であのときドローンをけしかけたのは彼だ。声が同じだ。
「以前はありがとうございます」
 雪音は慌てて頭を下げた。
「なんのことかわからないけど、どういたしまして」
 征武はにかっと笑った。

「いい絵は撮れそうか?」
「向こうが期待するほどじゃないかもね。今年は暖冬だから雪が少ない。もっと積もってたほうが映像としてはいいかな」

「お前が編集でどうにかするしかないな」
「簡単に言うなよ」
 閃理は肩をすくめた。

「これから撮影するから雪音さんは退屈かも。ちょっと先に神社があるから行ってみたら?」
「一緒に撮影を見たい」
「楽しいことはないよ」
 閃理は苦笑して念を押した。
 雪音は準備する様子を興味深く眺めた。

「撮影中にドローンの場所がわからなくなることってあるの?」
「ないこともない。このドローンは自動帰還機能がついてるから、電波が届かなくなったり電池が足りなくなったりすると登録地点に自動で帰って来るよ」
 雪音は驚いた。そんな便利な機能がついているとは思わなかった。

「ドローンて、やっぱり高い?」
「ものによるかな。トイドローンだと数千円のもある。点検で使われるのは20万前後かなあ。業務用ドローンは機能によって変わるから幅広いよ。この機体は200万。カメラが150万」
「そんなに」
 雪音は唖然とした。

 二人は順調に準備を進め、離陸させた。
 雪音は閃理の横に立ち、プロポに送られてくる映像を覗き込む。
 ドローンは滝の上からゆっくりと降りて、川を下った。大きな岩すれすれに飛ぶのはひやっとした。
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