初めての溺愛は雪の色 ~凍えるため息は湯けむりにほどけて~
「俺とあんなに愛し合ったのに。もうなかったことになるのか? 俺がどんなにお前を愛してるか知らないで」
 別れを告げた後、圧力をかけて企画に異動させたくせに。余計なことを言うな、と釘を刺したくせに。

「離して!」
「離さない。愛してるから」
 熱のこもった声。つきあっているときにそう言ってもらえたならどんなに嬉しかっただろう。
 だが今、初美の心は蓬星にある。

「私は愛してません」
 初美は彼をキッと見据えて言った。にやり、と貴斗は笑う。
「俺は必ずお前を取り返す」
 言って、貴斗は初美を解放した。
 初美はぱっと走り出した。
 怖くて怖くて、すぐにでも蓬星にすがりつきたかった。

 室内に入る、いつものように蓬星はパソコンに向かっていた。ブルーライトカットのメガネをかけた姿が、少し他人のようだった。
「……どうかしましたか?」
 息を切らしている初美に気が付き、彼は言う。
「始業に遅れそうになって」
 初美はごまかした。
「そうですか」
 蓬星は微笑して、またパソコンに向かう。

 初美は椅子に座り、貴斗の言葉を思い出す。
 俺は必ずお前を取り戻す。
 どういうつもりで言ったのだろう。どうせまた捨てるくせに。

 それに、と蓬星を見る。
 あいつが何者か知っているのか。
 貴斗はそう言った。蓬星が、まるでなにか裏のある人物かのようだ。

 そんなことないよね。蓬星さんは蓬星さんだよね?
 以前、貴斗は昔から蓬星と知り合いだったかのような口ぶりを見せた。
 いったい二人になにがあったのだろう。
 聞けなくて、初美はそっとため息をついた。
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