初めての溺愛は雪の色 ~凍えるため息は湯けむりにほどけて~
仕事をしていても、貴斗のことが頭から離れなかった。
卵かけごはんだ、となんとなく初美は思った。
貴斗にとっては自分は卵かけごはん。
たまには食べたくなるが、毎日食べたいごちそうではない。たまに食べるからおいしい。
そして、他人にとられると急に惜しくなる。だからまた接近してきたに違いないのだ。だから愛してるなんて簡単に言えるに違いないのだ。
はあ、と息をついてフロアを見渡す。
みんな真面目に仕事をしている。
自分も仕事に集中しないと。
そう思ったときだった。
「先輩見てくださいよー」
瑚桃に言われて、初美はそちらを見た。
彼女は左手を初美に見せつける。
薬指にダイヤがきらりと光っていた。
「……彼氏ができたの?」
かろうじて、そう聞いた。
「そうなんですよ!」
言ってから、初美の耳に手で壁をつくり、こそっと言う。
「営業の来島貴斗部長ですよ」
言われて、初美はばっと体を引いた。
信じられない気持ちで瑚桃を見る。
瑚桃はこれ以上ないくらいのドヤ顔で初美を見ている。
「あの人は遊び人て噂もあるし、やめたほうがいいんじゃない?」
思わず言っていた。たとえ瑚桃であっても、女性が傷付くのは見たくなかった。
「嫉妬ですか? 見苦しいですよ」
ふふん、と瑚桃は笑う。
「そうじゃなくて……」
それ以上は言えなかった。貴斗に手ひどく振られたなんて、瑚桃には絶対に知られたくない。
「私の彼氏のほうが上なんですから。先輩は大人しくしてくださいね」
にやあ、っと瑚桃は笑った。
初美は顔を青ざめさせて、立ち去る彼女を見送った。
貴斗に愛していると言われたばかりだ。その言葉に実がないことはわかっていたが、よりによって瑚桃が恋人宣言していくとは。
貴斗はなにを企んでいるんだろう。瑚桃は本当にただ恋人になっただけなのだろうか。
初美の不安は募る一方だった。