初めての溺愛は雪の色 ~凍えるため息は湯けむりにほどけて~
 今までにないくらいに気持ち良くて乱れていた気がする。
 思い出すだけで体が熱くなるほどだ。
 羞恥のあまり、しばらく玄関でうずくまっていた。が、やがて、のろのろと体を起こした。
 もう彼に二度と会うことはない。忘れてしまえばいい。忘れるしかない。

 キャリーの車輪を拭いて、部屋に入れる。
 憂鬱な気持ちで片付けようとして開き、顔をひきつらせた。
 指でつまんで、それを持ち上げる。
 覚えのないボクサーパンツが入っていた。
「どうしよう」
 つぶやきに答える者はなく、初美はまた息をついた。



 月曜日、初美は憂鬱を引きずったまま出勤した。
 今日から新しい部署だった。
 TODO株式会社、東京本社のバス部門である第一企画開発室。
 TODO株式会社はキッチン、バス、トイレの開発、販売をしている。日本のみならず世界に展開してる一流企業だ。
 初美はお風呂に関する企画開発の部署に異動になったのだ。

 入社から今まで事務だった自分に、そんな華々しい部署で仕事ができるとは思えなかった。いったい何をしたらいいんだろう。企画書の書き方すら知らない。お風呂の材質も気にしたことないし、まったくの素人だ。
 自分が人より優れている点などない。強いて言えばちょっとタイピングが早いくらいで、そんなのはなんの自慢にもならない。

 開発に異動を希望する人は多いという。なのに、まったくやりたくない自分がここに来ていいわけがないと思う。
 企画室の扉は真新しく見えた。この扉を開けると、新しい道を進むことになる。それは整備された道なのか、石ころと草にまみれた()を阻む荒野なのか。

 深呼吸して、扉を開けた。
「おはようございます! 今日からお世話になります、よろしくおねがいします!」
 深々と頭を下げる。
 顔をあげると、全員がこちらを見ていて、恥ずかしかった。
< 11 / 176 >

この作品をシェア

pagetop