初めての溺愛は雪の色 ~凍えるため息は湯けむりにほどけて~
 初美は朝礼の直後、蓬星に呼ばれた。
 会議室に連れて行かれて、向かい合って座る。
 だが、蓬星はなかなか話を切り出さなかった。
 どうしたんだろう。
 初美は戸惑いながら彼を見る。
 彼はいつも以上に疲れた様子で、テーブルの上で組んだ自身の両手を見つめていた。

「大丈夫ですか?」
 たずねると、彼は弱々しい微笑を見せた。
 こんな弱気な彼を見るのは初めてだった。
 そっと彼の手に自分の手を重ねる。
 彼は悲しそうに、悔しそうに初美を見た。

「辞令が出た」
 初美は息を呑んだ。
 こうして自分が呼ばれたということはつまり。
「あなたが営業部に異動することが決まった。抵抗したが、無理だった」
「私が、営業……」
 初美は目を見開いた。
 貴斗の顔が浮かんだ。一番行きたくない部署だった。彼がいなければ、まだ頑張る気も起きるというのに。

「すまない」
「あなたが謝ることじゃありません」
 辞令なら会社の命令だ。蓬星一人でどうにかなるものではないだろう。

「異動してきたばかりのあなたがこの時期の異動なんて、普通じゃない」
「そうですけど……」
「しかも、明日には異動だ」
「明日!」
 早すぎる。普通はもっと余裕をもって告げるべき内容だ。

「決まったこと自体が急だった。あいつが手を回したんだろう」
 だから彼は言いたくなさそうだったのだ、と初美はわかった。だから悲しそうで悔しそうで。

「大丈夫です。私、頑張ってみます」
「すまない。室長が倒れて人手が足りない、渡せない、と主張したんだが、どうにもならなくて」
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