初めての溺愛は雪の色 ~凍えるため息は湯けむりにほどけて~
「一応ね。たまにバックカントリーにも行くよ」
「それ、なんですか?」
「直訳すると、未開の地。整備されてないところに走りに行くんだ。誰もいないところを走るのは爽快だよ」
「へえ……」

「でも危険も伴うからね。あなたと行くときにはそんなことしないから。冬が終わる前にはなんとか仕事にきりをつけるよ」
 冬が終わるとき、私は彼とまだ一緒にいられるのだろうか。ふいにそんな不安がよぎり、うつむいた。



 翌日、憂鬱な気持ちで出社した。
 貴斗と一緒に仕事をするなんて、どうなるのか想像がつかない。
 もう辞めてしまおうか。
 そんな気持ちすら湧いてくる。
 転職したほうが心置きなく蓬星と会える気がする。

 だが、今から転職することに不安があった。特筆すべきものは自分にはない。今の安定を捨てて新しい扉を開ける勇気を持てそうにはない。

 異動した部署で挨拶をすると、貴斗がにやりと笑った。
 貴斗は部長室に初美を呼んだ。部長なのに個室があるのはこの会社では異例だった。社長の息子ということで特別待遇なのだろう。

 扉を開けて入ると、貴斗はにやりと笑って初美を迎えた。
「お前は俺の下につくことが決まってるから」
 言われて血の気が引いた。
 退職しよう、と決めた。彼の下につくなんて、どんな扱いを受けるかわからない。

「言っておくが、辞めたら蓬星がどうなるか……わかるよな」
「そんな」
 まるっきり脅迫だ。
「取って食うわけじゃなんいんだ。大人しくしろよ」
 くくっと、貴斗は笑う。細められた目は、獲物を狙うそれにしか見えなかった。

 貴斗は初美をこき使った。
 あの会社のデータを用意しておけ。
 それだけで、それがどの会社のどのデータなのかは教えてくれない。聞くと、そんなこともわからないのか、と面倒くさそうに教える。
 そんなことが何度もあった。
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