初めての溺愛は雪の色 ~凍えるため息は湯けむりにほどけて~
 これはもはやパワハラだ。
 そう思うが、逆らったら、どんなしわ寄せが蓬星に行くのかわからない。
 終業時刻になると、外回りだ、と初美を連れ出した。
 今度はなにをする気だ、と警戒したが、彼が連れて行ったのは高そうなショップだった。

 そこで服を見立て、初美に無理矢理ワンピースを着せる。
 そうして高級レストランに連れて行かれた。
 まただ、と初美はさらに警戒した。
 自分は以前、このパターンであっさりと彼に陥落した。今度はそんな手には引っかからない。

 だけど向こうもそれはわかっているはずだ。
 アールヌーボーの装飾で華やかな個室に案内され、初美は彼の向かいに座る。
 植物が曲線的に描かれたライトが優しく部屋を照らしていた。くすんだ緑の壁にかけられているのはミュシャだ。柔らかい曲線で優美に女性が描かれている。象牙色の天井はドーム状で、壁との境目に植物が描かれている。

「仕事のときは悪かった」
 座った直後、彼は言った。
 初美は拍子抜けして彼を見た。
「そんな顔するなよ。俺だって反省くらいするよ」
 恥ずかしそうに、彼は言う。
 付き合っていたときにはついぞ見たことのない表情だ。謝る姿も見た覚えがない。

「お前のそばにいたい。だが、甘やかすわけにはいかない。うまくバランスがとれずに、申し訳ない」
 返事もできずに彼を見る。
「教えるというのは難しいな。自分でやったほうが早いし正確だ。だが、それだと人が育たない」
「そうですね……」
 食前酒が運ばれてきた。甘すぎないシードルだった。ロゼの色がかわいらしい。
 一瞬、飲みすぎて蓬星と過ごした夜が頭をよぎる。

「私、お酒はこれだけにします」
「どうしたんだ? 前は普通に飲んでたじゃないか」
「理由なんていいじゃないですか」
「そうだな」
 彼はふっと笑った。
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