初めての溺愛は雪の色 ~凍えるため息は湯けむりにほどけて~
 彼はその後、楽しく話題をふり、初美は戸惑いながらも食事をいただいた。
 彼は食後のコーヒーを飲み、初美をじっと見る。
「……なんですか」
「お前を失って初めて気がついた。どれだけお前が大切だったか」
 真剣な瞳で彼は言う。

「俺とつきあっているときも、お前は心の底から俺を愛してくれたわけじゃないだろう? どこか、心を許していない気がしていた」
 それはその通りかもしれなかった。愛してはいたが、彼のマナーの悪さを嫌悪して、彼のすべてを愛することはできていなかったから。

「酸っぱいぶどうのようだ。手に入らないからと、あえて嫌われるように行動して、後悔して」
 そんなことあるのだろうか。偽善者、と薄く笑う彼の顔が蘇る。それは、決して愛の反動のようには思えない。

「でも、仁木田さんとつきあってるんですよね?」
「仁木田? 誰だ?」
「え?」
「お前と別れてからは誰とも付き合ってないが……ああ、もしかして営業部の飲み会に参加していた企画の子か? やたらべたべたしてくるとは思ったが、そんなことを言ってたのか?」

「飲み会?」
「社交辞令で誘ったら本当に来たんで驚いたよ」
 あの子ならやりかねない、と初美は苦々しく思った。
「人の噂を信じたのか。仕方ない、俺はそれだけのことをしてきたからな」
 彼の自嘲に初美は戸惑い、目をそらした。

「言い訳になるが……あの女を呼んだのは、お前との仲を深めたかったからだ」
 あの女とは、きっと浮気相手のことだ。
 仲を深めたいとどうしてそんなことになるのか、さっぱり初美にはわからない。

「あのときの俺はどうかしていた。お前が積極的になってくれないなら、楽しいんだということをわかってもらえればいい。そう思っていた。だが、やり方が間違っていた」

 言い訳がひどすぎる。そんなので騙されるほど頭が弱いと思われているのか。それとも今までの女は騙されてあげたのだろうか。惚れた弱みで。

 そうは思うが、彼の声は真剣だ。ちらりと見ると、やはり表情も真剣だった。
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